東京地方裁判所 平成7年(レ)292号 判決 1996年4月22日
控訴人(原審原告)
尾原輝昭
右訴訟代理人弁護士
田中齋治
被控訴人(原審被告)
古川浩韶
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金一五万〇六〇〇円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 申立
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二 主張
一 控訴人の請求原因
1 控訴人は、司法書士である。
2 被控訴人は、平成三年九月ころ、控訴人に対し、別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」という)の所有権保存登記申請手続等を委任した。
3 控訴人は、右委任契約に基づき、同年一〇月四日、福島地方法務局郡山支局に対し本件物件の所有権保存登記申請手続をした結果、被控訴人を所有者とする同支局同日受付第三一六二四号所有権保存登記(以下「本件登記」という)が経由された。
4 右委任事務を行うについての費用及び報酬は、次のとおりである。
(一) 登録免許税及び印紙代立替分 三万二二〇〇円
(二) 旅費・日当、住宅用家屋証明料、郵送手数料 三万五四〇〇円
(三) 土地家屋調査士報酬立替分
五万一七〇〇円
(四) 司法書士報酬
三万一三〇〇円
5 控訴人は、被控訴人に対し、平成七年七月二八日到達の内容証明郵便により、右費用及び報酬を支払うよう請求した。
6 よって、控訴人は、委任契約に基づき、被控訴人に対し、右費用及び報酬の合計金一五万〇六〇〇円及び前項の書面到達日の翌日である平成七年七月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被控訴人の請求原因に対する認否及び抗弁
請求原因2の事実は否認する。
三 被控訴人の抗弁(時効消滅)
(一) 控訴人の費用及び報酬支払債務は本件登記がされた平成三年一〇月四日から二年間が経過したことにより時効消滅した(民法一七二条)。
(二) 被控訴人は本件訴訟において右時効を援用する。
四 控訴人の抗弁に対する認否
抗弁は争う。
1 被控訴人は、司法書士の職務に関する債権について民法第一七二条の短期消滅時効の適用を主張するが、同条は弁護士と公証人の職務に関する債権についてのみ規定し、司法書士のそれについては規定していないこと、同条が範としたフランス民法二二七三条が「代訴人」(日本の弁護士と同じ)のみを規定しそれ以外の者には拡張されないと解釈されていること、及び司法書士の業務が即時的かつ一過性の業務であり、報酬等の支払確保手段が弁護士と公証人のそれと比べて実効性に乏しいこと等に照らすと、司法書士の職務に関する債権について民法第一七二条を適用ないし類推適用することはできない。
2 司法書士の報酬の支払時期は委任事務を遂行した後であるのが原則であり、かつ申請人へ登記済権利証を交付しなければ委任事務が終了しないことからすれば、司法書士の報酬請求権の消滅時効の起算点は右権利証交付時であると解すべきところ、本件においては控訴人が未だ右権利証を所持しているから、時効は進行していない。
五 控訴人の再抗弁
1 権利濫用
被控訴人が、本件物件の登記後権利証を受け取らないまま買取りから約一年後にこれを売却していることからみて、同人は、当初から控訴人に報酬を支払うつもりがないのにこれに依頼して右登記を得たうえ、その報酬請求を回避する目的で故意に権利証の受領を怠る一方、その登記に基づき本件物件の転売工作をしたというべきであり、かかる被控訴人の行為は控訴人に対する詐欺的行為であり、かかる悪意者が司法書士により実現された登記の利益を享受しながら、その対価たる立替費用及び報酬の支払について消滅時効を援用することは、権利の濫用として許されない。
2 債務の承認による時効援用権の放棄
被控訴人は、控訴人に対し、平成七年七月三〇日ころ到達の書面により、本件債務は自分の代理人である出本陽子が支払うので同人に請求してほしいと要請していた。被控訴人はこれによって本件債務の存在を承認したものであり、同人は時効利益を放棄したか、もしくは信義則上時効援用権を喪失したものである。
六 被控訴人の再抗弁に対する認否再抗弁は争う。
第三 理由
一 請求原因について
1 その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一、第五号証、第九号証の二、被控訴人本人尋問の結果と、これにより真正に成立したと認められる甲第二、第四号証、並びに控訴人本人尋問の結果と、これにより真正に成立したものと認められる甲第七、第八号証、第九号証の一、第一〇、第一二号証によれば、請求原因1ないし5の事実を全て認めることができる。
2 被控訴人は、控訴人に本件登記手続の委任をしたことを否認するが、被控訴人本人尋問の結果によっても、被控訴人は右登記手続を本件物件の分譲業者である訴外ダイカンホーム株式会社に頼み、同会社が控訴人に右登記手続を依頼したというにすぎず、右甲第四号証においては、被控訴人が控訴人宛の登記手続依頼書を作成していることが認められるから、被控訴人の右の供述も前認定の事実を左右するものとはいえない。
二 時効について
弁護士及び公証人の職務に関する債権について二年の短期消滅時効を定める民法第一七二条は、フランス民法第二二七三条を継受しているという歴史的沿革があるところ、同条は代訴人(日本の弁護士にあたる)の職務に関する債権に限って短期消滅時効を規定していること、民法第一七二条の制定当時の司法職務定制によって既に証書人(現在の公証人にあたる)、代書人(現在の司法書士にあたる)及び代言人(現在の弁護士にあたる)の各職制が定められていたにもかかわらず、同条があえて代書人を除外していることからすれば、同条の規定する「弁護士及び公証人」は限定列挙と解するのが相当であるとみられるうえ、弁護士及び公証人と司法書士とではその各々の業務内容が質的に異なることをも考慮すると、司法書士の職務に関する債権について民法一七二条が適用ないし類推適用されると解するのは相当でないから、被控訴人の消滅時効の抗弁は失当である。
なお、仮に、右適用ないし類推適用が認められ、消滅時効が完成しているとしても、被控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一二号証添付の別紙③の被控訴人作成の平成七年七月二九日付葉書によれば、被控訴人は、控訴人に対し、訴外出本陽子が被控訴人の代理人として控訴人の請求金額を支払うので、同人に請求してほしい旨要請していることが認められ、右事実によれば被控訴人は控訴人に対する費用及び報酬支払債務を承認したものということができるから、被控訴人は信義則上時効を援用することが許されないと解される。
三 よって、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であるから、民事訴訟法三八六条により原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官阿部正幸 裁判官菊地浩明)
別紙物件目録<省略>